Sunday, October 10, 2004

眠り姫の第二巻、と最終巻

半分は結構つまんなかったのにいきなり新しいキャラクターの章が面白かった。

囚われの王子はその名もトリスタン(もう少しでこの名前、上の息子につけるところだった)

実は本の半分過ぎに彼が幾つかの章で自分の心理を語っているのだが(ビューテイの心理は第三者によって描写されている)これらの章が非常に面白かった。
トリスタンだけでなく彼を取り巻く人物も同時に描写されてこのまま発展すると面白いと思わせるほど。

相変わらず「お仕置き」は多いのだが、それを気にせずに彼の語り部分を読んでペースが後半戻った。主人公のビューテイのキャラクターが結構薄いままなのが気になるが2冊目の最後に来てトリスタンのキャラクターに読み手が引き込まれるほど作者が彼にフォーカスしたという事は彼はビューテイと同格かそれ以上という事だ。
そしてトリスタンが自分の心理の謎を解き解いた直後になんと今度は「奴隷狩」にあい外国にビューテイと共に計王子たち3人王女3人とともに今度は国同士の取引の人質として引き渡されます。という事で、明日、遅くともあさってには「They lived happily ever after,,,」という事になるのでしょう。

肝心のエロ本としてのヴァリエーションは特に代わり無し。トリックも何も無し。
トリスタンの語りに入るまでは省略して筋だけ説明してもらえれば後は想像できる程度。というか、エロ本で「想像できてしまう」のではあまり読んでいる意味が無いことになってしまう。自分の考え付かないほど卑猥で淫靡な行動に登場人物に思いついて欲しいのだが残念ながらそうは行かない。70年代のバンドのご乱行を読んだほうがよっぽどショックを受ける。

ただ、相変わらずバイセクシュアルアカウントが多いというか最初に書いたとおりほとんど全ての登場人物が「強制されなくてもバイセクシュアル」なのが、少し興味深い。相変わらずそういう設定にしている意図がよくわからない。もしホモセクシュアリテイが理解できない人には多分楽しめないかも。それから、「安心感を最初に約束する心理的心使い」は変わりません。不安になると楽しめない人がいるからかもしれない。というわけで第三巻に入ります。10/8

残念ながらトリスタンの語りは 

最終巻にはありません。
その代わりに前巻、奴隷狩りの前日に城から脱走して本当は競売にかけられるはずだった背が高く強健な王子ローレンが最終巻の奴隷自身の心理(何が起こっているかを彼の目を通して)を語ります。

ほとんど交互にビューテイの描写(相変わらず第三者)とローレンが出てくるのですが、ビューテイの章は飛ばしました。(後で読みます。)彼の語り口のほうが面白い。この最終巻、やっとトリックが少し変わってローレンの章で「おお。」とうならせるものが・・・

彼の語り口はさっぱり、淡々(エロ本のときコレが結構効果ある。)とスケベっぽいことを説明していくので面白い。一冊目の2冊目にも彼に語らせればよいのに、と思うほど。もう前の二冊でさんざん屈辱とお仕置きを受けている奴隷たちなのでビューテイや他の3人は「自分の役をある意味で積極的に受け入れて」いる心理の変化が描かれています。
特に前巻の最後ではハンサムなご主人と恋愛関係になったトリスタンなど語り手もビューテイ(つまり読者もそれに近い心理だと作者は前提しているらしい。)に「そんなに簡単に心をゆだねられるものなのか」と言わせているので、「幸せに暮らす」前に心理的に何か変わっていくんでしょうか?

そこで、また脱走王子のローレンの章になるわけですが、もともと体力もあり強健な彼、仲間のトリスタンや先に囚われになっていた奴隷たちの間に連れて行かれ自分の番を待つ間、新しいハンサムなご主人を何を思ったか突然言葉で個人的に挑発するのです。(ここまで当然、奴隷は主人に話しかけるどころか声も出してはいけないと言うルールがしつこく説明されている。)

これが、プロ野球の「キャッチャーによる心理戦」と同じ方法で行われるのがちょうど書いたばかりなので興味深いです。きっと作者もそれが絶対頭の中にあったはずです。
完全にアメリカの文化。
キャッチャーは横目にバッターを見ながらバッターだけに挑発または屈辱の言葉をかけます。バッターは当然ピッチャーやランナーに集中しているわけですから、キャッチャーに「ガン飛ばす」ことは出来ません。こういう挑発は無視して過ぎ去るのを待つのが「大の男」としての対応です。
バッターと同じくご主人は他の奴隷やそれをお仕置きする召使たちを監督しているので足元にいるローレンの目は見えません。態度や言葉に出すと廻りにわかってしまうので奴隷に言われるままになります。周りで働いている召使たちや奴隷たちからはなれて立っているご主人とその脇に膝付いておとなしくしているローレン、のように見えるのが、実はローレンは歯を食いしばったまま周りに聞こえないように主人を次から次へと挑発しているのです。ご主人は当然自分の事を言われているので動揺を抑えようと苦労しながら無視しようとするのですが不敵にもローレンが「ご主人の生物学的機能」について疑問と共に直接挑発したのに耐えられず周りに聞こえるほどの大声で彼の言葉を制します。

で、ここから前の二巻だとローレンは別の部屋に連れて行かれてさらにお仕置きを受けるのは前にも説明しました。そして、すでに肉体的試練は乗り越えてしまった彼は半分それを「退屈しのぎ」のような心理さえ見せるのです。到着した時に他の奴隷と共に「ルールの説明」を受けた部屋に鍵がかけられ、ご主人は鞭より幅広長い皮のストラップを取り出し彼を鞭打つ・・・とはならなかったんですよ。この「服従のレッスン」という章では・・・背は高いがどちらかというと細身でエレガントなご主人とどこに行っても人一倍頑強な自分を比べてみるローレン
扉の前で膝を付きながら内側からかんぬきのかけられた戸とひとけのまるで無かった廊下を思い出す彼。

(妄想して楽しみましょう。多分皆様の妄想を上回る内容でもないと思います。)

でも、なぜに・・・皆・・・

これが、ローレンレクシウス(ご主人には名前があった・・・)も絶対にヘテロだとこだわっているともっと面白いのにね~。
どちらかがそれにこだわって抵抗するとか。抵抗する男が見たいというのは私だけなのだろうか。

もう我を忘れて抵抗するというシーンが無いのが残念。
そういうのを男に演じさせるとエロ本として楽しめるんだけど。
男が読んでも「ああ、自分じゃなくてよかった」と思わせるほど不安じゃないとね

最初からバイだとわかっていると興奮度半減。私は個人的にはヘテロはバイセクシュアルのヴァリエーション(つまりどちらになる可能性・素質も持っている)だと思っているので、「登場人物は皆バイセクシュアル」という作者と基本的には同基点だと思うんだけど、登場人物のなかにどの時点でそれが理解できたのか(自分のバイセクシュアリテイを享受したのか)と言う説明が何処にも書いてない。

割合的に男性は明らかな違いを本人たちが意識するのではないかと思わずにはいられない。
ここにいるプリンスの多くは当然若者なので全てが全て自分の性を理解しているとは思えないし。ローレンはもともと、トリスタンほどバイではないのは微妙にスケベっぽさが過去を説明する言葉から推測できないこともないけど(あくまでも微妙です。)

この本に出てくる男女は「強烈に女好き」「強烈に男好き」「強烈に同性愛」って感じがあまりしないのがつまんないんです
それからサポートのキャラクターのプリンセスやプリンスにとんでもなく「スキもの」がいてくれないとね・・・非常に。強制されているけど「実はスキでそれもご主人がよく知っている」とか「フェチがご主人と同じだから選ばれた」とか・・・そういうのが驚くことに皆無。あるいはご主人たちのなかでも「こだわり」のようなものが欠けている。
プリンスたちのなかには同性愛行為に何度強制されても吐き気がするほど嫌悪感がある、あるいはそうだったのが服従させられるうちに実は変わったなんていうのも皆無。(作家としてその程度の差別表現は許されるはず)嫌悪感まで表現するのが差別的だからというなら100歩譲って「同性愛行為ではまるっきり機能できない」なんていうシーンが無い。三冊もあるんだから「うまくいかないことがある」なんていう光景もヴァリエーションのうちだと思うのに。「自分の趣味に合うように訓練する」という意図が薄くて「SMだからお仕置きしてるだけ」・・・フェチがいない。厳密にはSMもフェチだけどね~。国全体がそう(!)だと「急に服従させられて心理的に混乱する」というのがまるでないし。(安心のルールなのだろうか)

テオフィル・ゴーティエやリストが普通の手紙で「あなたの小さな美しい足の下に私の頭を横たえ・・・」とか言うエロを意図しない(と思う・・・一応)服従の表現のほうがよっぽどエロっぽいと思うのは私だけですね、きっと・・・いやエロ本は深く考えることはない。

美容院でヘアカラーをしながら読むにはちょうどよいと思えばいいか。
≫≫実際、この日の午後平然と美容院で読んでました。(10/9)


いや、ちゃんと書いてある。

≫抵抗する男が見たいというのは私だけなのだろうか。もう我を忘れて抵抗するというシーンが無いのが残念。
いや、何も書いていないと言うわけではない。
ローレンが突然「服従行為≪説明しません≫」から立ち上がりレクシウスを圧倒する所で一応ちゃんとHe was strong, very strong, and he struggled violently. But I was much stronger and considerably bigger.
と書いてありますね短い文章で。≪短すぎる。≫
この瞬間の2人の心理が知りたいんですよ。(書いてない)
そのあとも抵抗しているといえばいるんだけどローレンが淡々と語っているのでレクシウスの心理における「恐怖」、上の文章の直前の「ローレンが命令されないのに立ち上がる瞬間の心理」が全然描写されていない。

ローレンは心理的には部屋に2人きりになった時点で自分の中では決心がある程度できていてレクシウスを圧倒しているけど、それはまだ相手にはわかっていない。反抗的な応答をしているけど相手にまだタズナを握らせている。
次の瞬間2人の立場が完全に逆転するという「このシリーズ全3巻全体でも(反)象徴的シーン」なのにねー。ローレンレクシウスはビッチスラップの打ち合い(平手打ちのことだけど(笑)、女同士の喧嘩じゃあるまいし...)数回確かにしてるけど圧倒するほうも抵抗するほうもそれじゃね~説得力があまりにも無い。小柄な女の私でさえ「おい・・・」と思ってしまいます。
ローレンがてこずる様子もほとんど無いし。重要な展開のシーンが・・・
マ、1983年には男同志でもビッチスラップは暴力的だったのかもしれないけど。

今では男がビッチスラップしたら相手の女からも笑われます。(そして女は平然とその後ドメスティックヴァイオレンスで警察呼んで訴える。)そのぐらい威力無いです。

というか、ただのスラップという言葉がビッチスラップに変わってしまったのはここ一年ぐらいだからしょうがないのか・・・(10/9)


昨夜、朝3時まで読んでいて 

最後の2章で目が見えなくなり(私は夜、数時間の読書をするとフォーカスできなくなって、昼間の二倍かかる。)あきらめました。
で、今朝フレッシュな視力で30分読書。最終まで読破。

最終巻の後半は面白い展開でした。ビューテイのキャラクターは最後まで構築しなかったけど代わりにローレンがストーリー全体の趣旨を全て解き明かしてくれたので、第一第二巻で私がずっと理解できなかった心理的な側面と作者の意図がなんとなくわかりました。

レクシウスローレンの立場の入れ替わりも
レクシウスは抵抗しようと思えば出来たけどそうしなかったのは彼の選択である」
というようなくだりで説明されています。(もったいない。ストーリーを面白く出来るきっかけなのにそのまま理屈だけ説明しちゃうなんて)

三冊のうち、最終巻がやはりおもしろいです。(男同士のは読みたくないという人には勧めませんが・・・)

上にも書いたけど、もっとビューテイのキャラクターを構築して欲しかったこと、どうせなら、ローレントリスタンのキャラクターも最初から絡めて(いや、絡んでいることはいるが・笑)キャラクターを構築すると、最後ももっと納得できたと思う。
どうせローレンとビューテイが「幸せに暮らす」なら、最初からローレンを語り手に使えばよかったのに。

無駄な登場人物が多すぎる。「ビューテイを魔法から解いただけの王子」「最初にビューテイが惹かれたアレクセイ」両方ともローレントリスタンに割り振ることが出来たはず。

それからローレンとビューテイの心理的なつながりがあまり構築されていない
というか、最後は、ビューテイが受け入れる求婚者は魔法を解いた王子ではなくローレン。という事は目次の半分がローレンの章だからなんとなくわかって来るんだけど、そうじゃなくてはいけない理由がやはり薄い。
二巻で登場したトリスタンをそのまま語り手に遣っても同じ結果にすることはできたはず。第二巻でせっかく構築したトリスタンはなんとなく宙ぶらりん。結局以前のご主人のところ(ホモセクシュアル関係)に戻っていくんだけど、特に彼のホモセクシュアリテイに関する説明は自由の身のときにも男の愛人がいた、というだけ。ところが、ビューテイと絡めてしまったりローレンにも支配させてしまったためになんだか彼の登場する意味が余計薄れてしまった。(ローレントリスタンのは読んで楽しかったから文句は無いけど)

ローレンは第三巻ではほとんど主役だから「彼とビューテイ」というのはアイデアとしては納得できるけど彼の自発的な興味の対象は全て男、(レクシウス、トリスタン、新しいご主人、新しい奴隷仲間・・・)で、ビューテイとはたったの一、二度チャンスがあったというだけ。で、ビューテイを思い出すのは「冒険を偶然共にした」という理由以外特に無し。
ローレンにとってトリスタンでもビューテイでもあまり違いが無い。そしてローレンは上記の男たちとの心(だけじゃない・・・)の絆は説明しているけど、ビューテイとのことは単純に「でも実はビューテイのことは毎日思わない日はなかった」という説明のみ。

ローレンは支配、ビューテイは服従というのはわかるけどビューテイにとっては、トリスタンでもローレンでも特に違いは無い。二人とも似たようなクオリテイを持っているし、最後に「王がなくなった国の王子」はどちらの名前を入れても最後に「ビューテイと仲良く暮らしました」にできる。(トリスタンが完全にホモセクシュアルになったとも書いてないし。)
「人質」としての契約期間が切れる前に突然出身国の王である父を亡くし、王となったローレンは、ビューテイが多くの求婚者を尽く拒否してまだ結婚していないことを知らされ彼と彼女が御伽噺の「そして幸せに暮らしました」という結論。

「いやー、ローレンとなら私も幸せに暮らせる・・・」と一日楽しかったのだから、エロ本はキャラクター構築が弱くても別に構わないのかもしれない。主人にも読ませてみよう。(彼は「男同士」の部分を読んで楽しめないかもしれないが・・・)

***
最終章を読みながらたまたま聞いていたお気に入りのラジオトークショーで女性が「私の奴隷を友人全員の前でお仕置きした」とか言っていて笑ってしまった。というか、それを見に集まった友人達が全員集合したという事実だ。
自分で参加するのは抵抗あるけど見るだけなら一度見てみたいという事なのだろうか?
そういう人たちにはこのトリロジー(三部作)お勧めできます。





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