Sunday, October 31, 2004

マスタークラス、その後の感想。

他の人がやる気なくてもいいんだけど、せっかくのチャンスを無駄にするのが私個人としては一番いやなのよ。何かするのに、積極性に欠けるのは結局「中途半端でいいや」ってことですね。
がんばることが好きで、死ぬまで努力することに命を懸ける日本人にあるまじき行為です。

ハワードさんがわざわざ世界中廻って、リストコンクールのために準備する若いピアニストたちのために「講習会」をしているわけでしょ。結構きついスケジュールで。確か東南アジア(シンガポールか香港)ソウル、日本と三日ごとに廻っているはず。
彼が「ああわざわざ日本まで行ってよかった。筋のある若いピアニストにも会えたし、彼らが奮起してくれただけで『教師としてのハワード』は満足だ」-あ、コレハワードさんとの洒落です。始まる前にこの本『教師としてのリスト』について少しお話をして情報も頂いたのです。ハワード博士、仏語も堪能でいらっしゃるようです。(ああ、やっぱり。欧州語一つマスターしないと。)

もともとはリストコンクールの企画でそれぞれの国の団体が、その国の講習会の運営をしているわけです。ユトレヒトの2005年リストコンクールのHP見るとちゃんとコンクール参加者を募集してますよ。私は年齢がもうリミットより上なので今からどんなにがんばっても出られないわけですが。課題曲、それぞれのレベルで何が要求されるか、何てこともちゃんとかかれてます。

***
日本の参加者のテクレベルは結構高いのに(あの、サラリーマンの方。プロ音楽家面目丸つぶれ)

「ああ~私はリストが好きだ。それにあのハワードがわざわざ日本へ?!!!私も講習を受けたい!!」と言う人が全然集まらないのが不思議だ。

私はエチュードかハンガリアン、取り掛かり中のメフィストが最後まで弾けたら自分でも受けるつもりだったのだ。
メフィストの受講者の演奏なんてうまかったけどハワードも「つまんない」という寸前。他の受講者のところで言った「あまりよくないときにはただGoodと言います」のいい例。「good」の一言。

その人がピアノ下手なんじゃないのよ。
その人がつまんなそう~に弾くからつまんない。

まるで私がツエルニー弾いているみたいにやってる。
(私本当は弾かないけどさ、意味わかるでしょう?)
リストにとってのメフィストは「なんなのか」って言うのが無い。
リストを弾くのに「メフィストを選択する」というフィロソフィーがないとダメな曲なのよ。というか、リストの曲は皆そうなのよ。

「自分の演奏家としてのフィロソフィー」

が無いと弾けない曲ばかり。そして、私のようなど素人に「簡単に」見破られてしまうのだ。
リストの曲で「テクが完成した」というのは意外とどうってこと無いのである。
私が演奏家にあまりこだわらないのはそういうこともある。
「だれだれのテクニックは良い」
なんていうのは感情的な芸術を語るにはまるっきり的外れな事である。CDをかって「この人のテクを自分のピアノ演奏に生かそう」なんていう聞き方は普通しない。(いや、密かにすることもあるけどさ、だいたい無駄だという事にすぐ気が付く。)

それでフィロソフィーに戻って...
メフィストの最初のページのレーナウの詩の場面、読んだことある?という演奏。
実は会場であのページの訳が配布されたんですよ。
(それだけでも参加した価値あり。内容は知っていたけどオンライン辞書で訳しただけだったから)
もしハワードが「コレ配って下さい」と言ってなかったら誰がこんなに気の効いた事をしたのだろう?
内容的に完全に18禁(でもないけど、理解できるとそういうことになる。)のこの部分、実はゲーテのファウストからは「抹殺」されている。だから一生懸命ゲーテの「ファウスト」読んでもこの曲は弾けない。
それよりも最初から「レーナウのファウスト」って書いてあるでしょう?

リストがあの一ページをわざわざ抜書きして楽譜に印刷させたのはそういう場面を「理解して弾いてね」という彼の指示、つまり楽譜上にあるフォルテとかドルチェとかに書ききれない部分があそこにあるわけですよ。(音楽家の割には結構いいたいことがたくさんあるフランツ、許してやってね。しかしというか、まったく自分の人生が完全にオージーだったフランツ、あのテーマは共感できるのかも。完成しなかったオペラ「サルダナパル」についても、彼の著作「ジプシーと音楽」にも、そお~んなことが出てきます。)

じゃ、あの受講者がなぜ理解していないと私に判るか?
どうして、というと真ん中のスローな部分にはいったところ、「ああ、そんなに強く弾いちゃダメよ~」と思っていたらあのdolceの記号で、そこまではらはらしていたハワードも思わず、横から「そこはdolceだよ~」と腰を浮かせてしまうほどだったのだ。

あの曲のなかでは一番簡単な部分だけど「一番重要な部分」でもあるのよ。

人間が欲望に囚われてしまうその瞬間が表現されている所。
でも、どうしてよいかわからない、一抹の理性がまだ残っている。
メフィストがそれを読み取り人間に最後の一押しをするところ。
(じゃなくても、なんでもいい。ファウストが初めてグレットヒェンに優しく触れるでも、カップルが暗闇に消えていくとこでもいい。)

それがよお~くわかっている私やハワードにはどんなにテクニックがうまくても、そこで「ああ~わかってない。ちがうんだな~」となってしまう。
全部帳消しになっちゃうのよ。どんなにうまくても。
単純にdolceの見落としじゃないのが明らかになってしまう。
聞いている私が
「指は滑ったけど、ああ~そうそう、そうなのよ~。フランツが言いたかったのは~。」
と気持ちよくなってしまわないといけない。

ハワードが弾くとそういうのはちゃんとわかる。彼はメフィストワルツは「リスト全曲録音しよう」なんてエロ心を持つ前の純愛で弾いているのです。(フランツの書き足し部分も。受講者は全て無視して弾いたけど)

難しいですか?
イヤ簡単です。
でもわからない人には一生かかってもわからないでしょうし、どんなにテクニックを身にところで表現できません。

***
多分最後までそういう「私はリストを弾きたい!」という希望者が足りなくて、あの外国人のハワードのお弟子さんがなぜか日本でも受講したのではないかな?

実はあの赤毛の彼ともお話しました。

彼はハワードに今回ついてまわって、日本だけでなく韓国のマスタークラスにも出席、大使館の招待演奏などもするそうです。そして彼は来年のコンクールにも参加するとのこと。
「じゃあ、コンクールであなたの活躍のために応援しましょう、いかれないけど。」
「ありがとう」
と短い会話の最後に笑顔で硬い握手を交わしたのです。いや、彼がそんなにうまいとはあの演奏からは思いませんでしたけど(ハワードも「練習中だね」といっていた。ネタ切れかも)なんか人間、または芸術家としての成熟度がちがうな~と。
若い男性なのに外国人に話しかけられてもきちんと笑顔で応対、聞かれたことにしっかり答え、最後に握手する時も「しっかりと握る」が出来る。
場数を踏んでるだけじゃない。これから先、少し人気などが出てきたりすればファンのような人たちもでてくるだろうけど、自分を変える事もなく常にリラックス。

息子を外国に連れて行ったのでわかるんだけど、若い男の子にとっても皆と同じように外国はやはり不安なのだ。
それに加え日本のようにほとんど言葉の通じない国。そこで急にそこにいたオバサンに話しかけられて「逃げたい」とおもうか「あ、誰かに話しかけてもらってうれしい」と感じるかの違い。そういう面であの彼と、テクニック的には勝っているであろう日本人の高校生を考えてしまう。
ユトレヒトのリストコンクール。
百戦錬磨の若いピアニストたちが集まる場所。
どちらが「いつもどおりに弾ける」と思う???
赤毛の彼とは、「ア、この子きっと私のことをコンクールの時、思い出すだろうな」「ア、この人、きっと本当に応援してくれるだろうな」と通じるのだが、あの高校生はどうだろうか。
廊下で「良かったね、褒められて」と声かけても「あ・・・」とニコりともしないでそそくさ。
それじゃさ、「有名になる前から応援してあげるよ」という気にならないじゃない。

***
聴講者にしても「私はそんなに弾けるレベルじゃないけど是非自分のピアノ学習のインスピレーションにするために勉強してきました。」って言う熱意があまり感じられない。私の知っている78歳のピアノ仲間のおじさんは凄い熱意ですよ。ライプツィヒまでバッハのオルガンマスタークラス聞きに行っちゃったり。バッハのこときくと何でも知ってる。そして「バッハに浮気したって僕が君のフランツに先にあった時に言いつけちゃうよ。絶対に僕のほうが先に彼に会うのはほとんど決まりだから」と面白い冗談をこかれるのだ。

または、単純に「ハワードのファンです。リスト全曲録音するなんて凄い」でもいい。
私は彼のCDのファンというほどではないですが、彼の「リスト研究家」としての世界的な地位は凄く評価してますよ。

そういう場というかチャンスにめぐり合って来て「凄く幸せー」と感じられない人がいるのはなんかさびしいです。

いや実は他人のことなどどうでも良い、「さびしいです」とか言うと日本人には同情してもらえそうかな?と...書いただけです。メフィストの笑いが聞こえてきます?
私は十分楽しんできました。

オーケストラ版のメフィストワルツの最後にはピアノ版にない「メフィストの笑い声がこだまする」ところが最後にあります。(ベルリンフィルかどこかのが安く手に入ります。誰の録音だか持ってても知りません。)

最後の最後までハロウイーンジョークの10/31/2004. 
ハンガリー出身のフランツ。(爆)
「あの~。吸血鬼ジョーク、やめて欲しいんですけど。それに僕、トランシルヴァニアの出身じゃないんです。」-ふらんつ

いやー、最近、アン・ライスと吸血鬼、美男と・・・というのにはまっておりまして。つい妄想が。

Happy Halloween.

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