Monday, November 29, 2004

古い写真


My sister, Mrs Gomez, Amy Gomez, Me. Posted by Hello

エイミー・ゴメスはニューオリンズから来た英語教師だった。私は22か23ぐらい。彼女はとても積極的でアクテイブな女性だった。彼女の母が日本に初めて訪問した時に鎌倉を案内したのだ。

エイミーの母はホンジュラスからの移民で一人でガイド会社を運営経営、自分が社長兼ガイドバスドライヴァー兼ガイドという肝っ玉の強い女性だ。
彼女たちの話を聞いて『私にできないはずが無い』と非常に影響を受けた。16歳のときに短期滞在した米国人家族、そしてこの2人に出合うことがなかったら私は絶対に米国人と結婚し、米国に住むという事を実行することはなかっただろう。

もちろん父が外資系会社員で頻繁に海外に旅行し、自宅にも様々な外国人を招待していたので考える機会は小さいときからあったが。

彼女らの話を聞いていると『考えるだけ』と『実際に自分のやりたいことを実行する』ということに『大きな違い』があることがよくわかるのだ。

ゴメス夫人はほとんど英語も危なっかしいのに『成功するチャンスを求めて米国に移民』。そして自分の努力でそのチャンスを勝ち取り自分の物にした。娘のエイミーを私の娘だから、ときちんと『英語とスペイン語を両方正しく話す』ことを指導し、大学に送りきちんと卒業させた。エイミーはニューオリンズという土地柄もあり仏語も同じように流暢であった。

教育もなく、どのような国かも知らない場所にひとりで移住し、自分のビジネスを始める。そして米国にはそれを受け入れ、成功する余地がある。それなりにきちんと教育を受け、最低の語学能力があり米国文化や他国文化に敏感に育てられた私がゴメス夫人に劣ることなどあるだろうか?

無い。

つまり、自分の実行と努力以外に違いは何も無いのだ。


これを意識できたことは私にとって人生最大の悟りといっても良い。

***
もともと何か問題があれば悩むより先に『どうすれば解決できるか』を考えるように仕込まれた私。つまり自分の努力や機転、考え方を変えることによってどうにでもなる問題が実はたくさんあるのだ。そしてそれらは私にとってはさほど『問題』のうちには含まれないのだ。

ああ~。問題ばかりで融通の効かない世界に意味もなく無理にしがみつく必要はない。自分の能力を認めてくれる、生かせる場所が世界中にはいくらでもあり、そこを見つけて自分で行けばいいのだ。
なんと簡単な事。
コロンブスの卵。

**
というわけで今の私がある。

別に私は独立企業家でもなんでもないがストレスもなく毎日幸せに、そして多分死ぬまで金銭的に困ることも無いだろう。二人の子供たちはそれなりに可愛くてそれなりに頭も良い。主人は限りなくわがままを許してくれる。
これ以上の人生は意外と億万長者でも送っていないことがよくわかっているので非常に満足だ。

そして、人々は究極的にはそれを求めているのではないかと思ってしまう。

Thursday, November 18, 2004

家系図研究 Genealogy

米国で最近はやっている趣味の中に家系図を調べる、というのが非常にはやっている。もちろん話題の小説がテレビ化された『ルーツ』のころ、米国人のなかで「僕たちはこの地の出身ではないが先祖が世界中にいるはずだ。という事は全然知らない土地に家族が散らばっていることになる。」と意識したことが基点であろう。ところが、調べる方法というのが非常に手間とお金のかかることだった。
最近になってコンピューターとインターネットの普及で突然、そういうデータが簡単に入手できるようになりまたそれらのデータを集めて家系図専門サイトとして人々に情報を提供するサービスが出来た。

私個人は米国になんの関係もないのでデータベースに何も引っ掛からないが、これらのサイトが実は19世紀の王侯貴族の血縁関係などを調べるのに非常に便利であるのだ。

今日も、ショパン関係にお詳しく来日時お世話になった友人のルドヴィカさんからいったいこの人はどういうお家柄?なんていう質問を頂いてもその場でメールにお返事を書けるほど資料が揃っていた。
もちろん、問題の家系が現在でも明解にそして依然として父系家族として継続している名家であったから資料もアレだけ完全なものが揃っていたのだが、それにしても赤の他人に顔写真つきで先祖代々知られてしまうのがいいことか悪いことかよくわからない。

もちろん最近の流行とは別に私は実家の家系図を昔、父に見せてもらったことがあるのでそれなりに興味はいつもあった。父の家系、廣澤家は父から数えて5代ほどさかのぼることが出来、その人物は出雲大社のあるあたりの村長に18歳でなったという事だった。どうも学者的素質が代々あるらしく祖父の従姉妹、出雲の廣澤の中には学校校長から教育長などになった人物もいるようだ。そういう祖父も書家でありかなりの学があった。祖母は落ちぶれ武家の娘であったらしい。

コンピューターを買った頃は特に日本のネットに何の情報もなかったが、最近調べた所、廣澤はなんと神奈川県の波多野氏から分家した系図が備後に領地を与えられてはじまったようであることがわかった。
波多野氏といえば源家の家臣(たまたま私は鎌倉在住でそのあたりのことは学校でもよく詳しく習い資料が普通の教科書よりも手に入りやすかった)であったが備後に別れた廣澤の一族は戦国時代から豊臣織田時代に様々な側に所属していた。

そんなことがなんとなくわかり戦国から江戸にかけての家系図がわかれば、曽祖父につながるはずである。

10歳ぐらいの時に出雲の親戚を訪問したことがあるが出雲大社から歩いて数分の所に邸宅があり、あたりでも廣澤といえばすぐわかるらしかった。周りは確かタバコ畑とか桑畑のようなものしかなかったので私はきっと廣澤は農家であろう、と勝手に納得していた。でも、江戸末期から明治の時代の出雲のあたりの政治的体制を調べるとどうも村長といっても、ちょっと頭のいい農民がなれる職業でもなさそうだった。それよりも一応、13世紀からの苗字があるということじたい苗字を名乗ることが許されている身分に属していたという事らしいのだ。

明治維新のときにどちらについていたかによって政治的、または天皇制復活の際、その直後に天皇家以外の家系にも爵位を授与したようなので実際の天皇家の他は爵位がある家系といっても明治以降の事でしかないようだ。その意味では欧州の爵位の伝統とは少し異なるかもしれない。

欧州では王侯貴族の政略結婚が何百年にもわたって繰り返されており、それによってタイトルも自国以外のものを幾つも持っている例があるのだ。ハブスブルグ家の家系図などを読むとそれが簡単に理解できる。ハブスブルグのプリンスであってもトスカナ大公国の大公、またはメキシコ皇帝(暗殺されたマクシミリアンのことね)、皇帝フランツヨゼフは同時にハンガリー王ともなっていた。
貴族たちももとはポーランド出身であっても、ロシアがポーランドを治めている間にロシアの爵位を授与されて同時にロシア貴族のランクに名を連ねたり、結婚による血縁関係によってザクセンの爵位を受けたりいろいろである。

それから本文に少し紹介したように資本主義思想が浸透してくるとロスチャイルド家のようにユダヤ人の商人から身を起こし、欧州各国から爵位を授与され19世紀末にはレッキとした貴族となってしまったものたちもいる。貴族制度がほとんど意味のないものになった現在でもロスチャイルド家の者たちは「男爵」のタイトルを名乗っている。フランスでは自由平等博愛が謳われ革命が起こりいち早く資本主義、民主主義がはじまったのに同時に封建制度の名残である爵位に未だにこだわっている家系が今でもゴマンとあるのはなんとなく皮肉ではないか?

さすがに米国ではバロン○○とかプリンセス××とか名乗る人はほとんど居ないが、欧州には多い。イタリアやスペインなどにもブルボンやハブスブルグの直系の子孫が沢山いるので「プリンス某」などがお隣でコーヒーをすすっていたりするかもしれないのだ。そして米国人なそう言う自分のルーツを知っているという事自体が羨ましいのだ。だからアイルランドの農民出身だろうがアフリカの奴隷出身だろうが先祖と自分の家系を知るという行為に魅力を感じるのだ。
(いや奴隷とはいえ、アフリカでは部族のプリンスだったかもしれないのだし。)

カリフォルニアは米国の州となったのはかなり後だし、カリフォルニア自体が米国の中でも移住者で出来た州であるという認識が主流である。ところがよく考えてみれば米国中に先住民族のインデイアンたちがいるし、それはカリフォルニアも同じだ。
それから南カリフォルニアにはカリフォルニアがまだスペインの統治下にあった頃の時代から継続している家系が有ることも忘れられない。つまりインデイアンに次いで『米国人』と名乗るにふさわしい7代もさかのぼることができるヒスパニックも存在するのである。
それからニューオリンズ周辺には当然仏統治下時代に移住してきて独自の文化を築いたクリオールたちもいる。クリオールは白人も混血も両方いて米国の地方文化の中でも非常にカラフルで魅力的な伝統文化を今でも受け継いでいる。(前に紹介した作家のアン・ライスもニューオリンズのそのような特殊文化をヴァンパイアシリーズに巧く反映させていて、米国に親しみやすさと欧州文化への憧憬を同時に体験させ、それが大ヒットの原因となっていることは間違いない。)

米国人だけではなく欧州文化への憧憬は実は日本にも強くあり、それが実はクラシック音楽や歴史への深い傾倒につながっているに違いない。少なくとも私はそうだった。
漫然と「お伽噺の王女さま」に憧れるよりも具体的な歴史や芸術について調べるほうが充実感がある。(ついでに妄想もして楽しむわけだが。ルドヴィカさんやマトゥシンスカさんとする会話の濃さといったら大学の歴史や芸術講座の授業よりマニアックのものに違いない。大学に行ってないからわからないけど。笑)

Wednesday, November 10, 2004

ピアノ調律

今日はそろそろ一年目になる自宅のピアノボストンGP193を調律した。
http://www.steinway.com/boston/models.shtml

購入ディーラー グリーンミュージック所属のピアノ技術士ジョッシュが担当である。
彼は若いけど(32ぐらいだったはず)サービス部門のボス、マーク・アダムス氏によれば「若いけど僕のおめがねにかなった技術士」という事である。
アダムス氏のように「僕はスタインウエイしかサービスしない」というわけではないので彼が家のボストンを担当してくれているわけだが、私の細かい注文にきちんと説明とともに答えてくれるので満足である。

本当ならボストンは家庭での無料調律サービスは一回しか付いていないのだが、私の家に到着する前に一応店で調節・調律するはずが明らかにされていなかったので、今回のサービスも繰り上げで無償サービスという事だった。(いや、すでにアダムス氏にも来てもらったので、私は払うつもりだったのだが、「お勉強させていただきましたので」という事らしい。)

ジョッシュによると、「うるさい顧客」はそれほど多くないので、たまにボストンの顧客でも私のように「こだわりのある顧客」がいればサービスするのは店としても、サービス部門としても特に損はないので良いのだ、という事である。前に私も書いたように、「うるさい顧客をハッピーにしておけば将来店としての評判にもつながる」ので皆喜んでやってくれる。
スタインウエイの顧客はそれらのサービスが値段に含まれているのだが、多く見ても約半分の購入者だけが実際の調整を事細かに依頼するのだそうだ。 つまり、残りの半分(彼はもしかしたら4分の3とも言っていた)の顧客は「スタインウエイのピアノを家に置きたいだけ」の金持ちだそうだ。なんと言う無駄。でも「スタインウエイは財産価値のある投資高級家具」という考え方も絶対にあるのでお金の有り余る人はそれでいい。

それで今回の調整。
ピッチは440ヘルツに下げてもらおうと思ったのだが、今のところ442ヘルツでかなり安定しているのでそのままキープすることにした。(ヴァイオリンをわたしは普通440で調音するのでそうしようと思ったのだが、ヴァイオリンを442にするほうがピアノを440に下げて、また音程が狂いやすくなったり音色などに影響したりするよりは簡単だしということで、とりあえず少しブリリアントな音の442で。)でも、私はやはり暗めで甘い音が好きなのは変わらない。

幾つか外れている音があるものの、アダムス氏が前に行った調整のお陰でそれ以来かなり安定している。ところが、ソステヌートペダルはがたがた。効く鍵盤と効かないのがばらばら。鍵盤のメカにフェルトのフックのようなのがあって、それをペダルで操作する真鍮のアームで引っ掛けるのだがそれが巧くいっていなかった。その後ねじを全て締めなおし。

アクションをはずした後、鍵盤アクション部分・ハンマーがそれぞれの音程で完全に弦に均一に当たるように鍵盤部分を固定しているブロックに少し厚紙を貼って間隔を微調整。 
グランドピアノの弦は二ミリ間隔程度で張られているのでハンマーがきちんと当たる、弦がブリッジに均一に当たっているという事は音色や音程に影響するのだ。
ヴォイシングをするときは、弦の高さも厳密に調整するのだ。(まだヴォイシングはしていない。弦が完全に伸びきり、サウンドボードなどが環境に順応しハンマーがある程度固まって安定してきたらするつもりである。当初よりブリリアントな音色になってきたがまだ私の「嫌いな硬い音」ではなく、バランスは取れた音色だ。これが「キンキラキン」になってきたらハンマーなどの調整もかねてヴォイシングをする予定である。
一年未満だがフェルトにはかなり弦を叩いた溝が付いているのでフェルトを削って均一にする作業もその頃必要になるだろうという事だった。

ジョッシュによると、多分私のペースでピアノが使われている場合、多分4-5年目でハンマーのフェルト、ハンマー自体を取り替える事になるかもしれないという事だった。そして10年目ぐらいにはアクションのメカもかなり入れ替えが必要になっても驚かないようにといっていた。(いや、その頃にはスタインウエイを購入したい、とは言わなかった。)

今回はジョッシュに特にお願いしたのは連続打音の時のレスポンス。特に完全に鍵盤を押し切り完全に上がるまで待つ連続音ではなく鍵盤の4分の1と4分の3の間の往復のような連打。
重さの問題ではなく、軽くて弱い音でもしっかり早い音が鳴るような調整だ。
コレをすると、メフィストワルツの出だしのようなかなり早い和音連打やカンパネラのテーマのようなソフトな音で跳躍連打などがある場所、装飾音などで非常に粒の揃ったデリケートな表現ができるようになる。
ほかにはソフトペダルを少し調整した。ペダルがダンパーにあたる場所が皮なのだがそれが少し押されて薄くなっているのでペダルをきちんと当たるように微調整。そんなに使ってないのだが。

後は普通の調音。
それでも全部で4時間ほどの作業。朝8時半ごろから午後一時近くまで。

音色の変化はなし。調律すると突然変化したように感じることがあるが、それはなかった。でも弾き心地は注文どおり。つまり、もう「安物のピアノだから」といういいわけがあまり効かない状態。(笑)いわゆるスタインウエイの「鍵盤の浅さ」はないが、高級ピアノの弾き易さはきちんと持っている。いや、本当に技術者と調整次第でかなりピアノは変わるものだ。
アレだけ部品数が多い機械なので、調整しないで「弾きやすくなる様に期待する」というのは間違っている。やはり弾く本人が「自分の欲しい音、好きなタッチ」をよく知っていて、それを技術士とよくコミュニケートすることが必要だと再度、痛感した。 
ジョッシュが違う作業に入るたびにいろいろ質問してどういう調整がされているのか、その作業がどれに、何に影響するのかなども教えてもらう。彼等は完全に機械を調整する完全に物理学的な理屈で作業をしているが、私たち弾くものはかなり主観的な感覚によって「好み」をコミュニケートするので、彼らの作業を理解することによって次回は自分の好みを的確に伝えられるようにするのだ。

もちろん、知らなくても彼等はだいたいわかってくれるしアダムス氏のように熟練職人だと、言わなくても勝手に思ったよりよく調整してくれたりするわけだが、自分にとって重要なクオリテイ(音色でも、タッチでも)は妥協しないで「こういう風にして欲しい」というと、適当な方法を見つけてくれるのだ。

現在彼らのショップ(工房、仕事場)にはフランツ某(彼はスタインウエイの技術者としての経験を書いた本も出しているらしい。)という、ホロヴィッツやグールドのピアノを担当してきたつわものが居るらしくて、それらの巨匠のエピソードなどもジョッシュから聞いた。
調整が終わった後、ホロヴィッツの横で何が起こるかとはらはらしていると案の定グランドのツッかえ棒を手で乱暴にはたきあの重い蓋をピアノの上に「バターン」と落とした後、部屋に閉じこもり昼寝してしまったホロヴィッツ。理由はわからないそうだ。彼にしかわからないミスなのか、何かの音が耳に障ったのか・・・
また、グールドに頼まれてリビルドを監督しようとしたのだが、時間がなく付きっ切りで出来なかった。それをスタインウエイの工房がリビルドしたのだが出来たものを彼がチェックするとグールドの好みでは全然なくてコレは災難の前触れだ、と予言すると、グールドは「こんなの、もう僕のピアノじゃない」と泣き出して結局最初からやり直し。彼が今度は一人で全て担当したのだが、グールドはその完成を待たずにこの世を去ったのである。
それやら、ランランの話、サンデイエゴに居るある天才児の話・・・。

他には、現在彼らのリビルドしている1920年代のNYスタインウエイOモデル(現在NYはOモデルは作っていないはず)や、新しい鍵盤の重さを磁力によって調整するためのメカニズムを搭載中のMモデルなど。調整が終わったらジョッシュは私に連絡をくれることになっている。店に出したらすぐ弾きに来てくれという事だった。

というわけでまた練習に励むことにする。近日、お隣さんなどを招いてご披露しなければならないのだ。

Sunday, November 07, 2004


After the class.  Posted by Hello

Howard, has something to say about Sonata b minor. He rose from his piano to gesture the instruction. Posted by Hello

Leslie Howard, checking out the Steinway. He checked both Steinway, and gave the newer brilliant sound one to the student to play. Posted by Hello

Thursday, November 04, 2004

バルザック 「砂漠の情熱」 A Passion in the Desert

http://onlinebooks.library.upenn.edu/webbin/gutbook/lookup?num=1555

リンクからテキストファイルなり、ジップファイルなりをダウンロードしてパソコンで読めます。無料。
ただしページに書いてあるとおり英語。


この作品読んでからしばらくたつのだが、なんとも「ここ」と指差しがたいものがある。バルザックはご存知の通り、サンドなどと同時代を生きてパリの人々を生き生きと描写した作品で知られる。(パリの人々というかバルザックの知り合いがネタに使用されていることは、リスト、サンド、ダグー夫人を巡るあたりやプリンセスベルジョイオーゾの当たりでも紹介した。)

でもそういう三面記事的な作品以外にも当然名作はあるわけだ。それらは邦訳も良いものがでているはずなのでご存知の方も多いだろう。

ただ、この作品お読みになったことの有る方がどのぐらいいるかわからない。

背景はナポレオンのエジプト遠征なのだが、テーマとは特に関係ない。このテーマが非常に異色。
このパッションの相手はなんと砂漠の豹なのである。
読めば読むほど奇怪なこの物語。
人間が動物に愛情を抱くのは特に珍しくもなんでもないし、自然に生息する野獣と人間が共存関係になることはもちろん皆無ではない。
ところがこの主人公の心理が、途中でどうも「それ以上になっていく様子を示唆」しているところなのだ。
皆様には自分で読んでいただいてご自分なりの感想を引き出していただくのがいい。

単純に「この本はこういうことを題材にしてこういうことを説明している」といいがたい作品の典型。読み終わったあとも、いったいアレはナンなんだろうという疑問が常に心の奥底に残され事あるごとに果たして自分はそういう状況を、または主人公の心理を理解することがあるのだろうか?と、見返る作品だ。

Nik, 12years old. Tall, dark and handsome.


Nik being very cool.
Tall, dark and handsome.
uncomparably intelligent.
Posted by Hello

Brandon


Brandon with attitude. Posted by Hello

My favorite elephant


I had this toy at least 39years or more. It is in the picture when I was 14months old. (When my sister was born.) Next time I will scan my baby picture and I will prove it. It is in black and white but unmistakably that is this red elephant.
Posted by Hello

Bill.


Bill. Having fun taking his own picture. Obviously he loves his image... Posted by Hello

Nik and Brandon


NIK and Brandon Posted by Hello

Their Teddy bears. Brandon thinks all of the bears are his. But in fact 2/3 are Nik's. Some of the bears are even older than Nik. (That means they belong to mommy.)


City of San Diego, Coronado, and Naval Base


NAB Coronado,Naval Amphibius Base where Bill works. It is in the middle of the picture,It looks like floating on the sea, but iti s connected by the road. The white line in the middle is the road. Actually, his office is right over the other side of that office is right over the other side of that road, facing pacific ocean.
On the right side , That is the Coronado Bridge. The view from that bridge in the evening is exquisite.
The edge of the main side of the land is either Naval Station San Diego or all those shipyard.They are right next each other and I really can't tell the border of those facilities.

I took this picture from my airplane.

I should have been able to take a picture of our neighborhood as well. But I was too late, and cloud covered the area when too late, and cloud covered the area when I was ready. I knew we flew over that area... It is the regular route for incoming aircraft. They flew above us to land in San Diego Lindberg airfield.

If you click this picture it will be enlarged and you can see the detail.

Posted by Hello

Wednesday, November 03, 2004

私の友人夫妻

今回、家族より長い時間を過ごした愛する友人夫妻。JINMOとHARIさん。
とにかくこの2人、温かい心の持ち主である。自分たちが充実しているから心に余裕があるのか、心に余裕があるから人生が充実しているのかよくわからないが。

http://jinmo.m78.com/

こんな方である。もちろんファンの方にとっては神のような存在であるのは当然だと想像できるのだが、私のイメージはいささか違う。
敬愛の気持ちはもちろんファンと同じだが、彼ら2人ほど私をやさしく扱ってくれる人が実は他にいない。(毎日顔を合わせていないからかもしれないが。)
いや、私だけのはずもなかろう。みな同じかもしれない。つまり要は私に「そう思わせてしまう」のである。(ご本人たちは「全然そんなこと無い」と仰るかもしれない。わからない。)

http://www.fotolog.net/hari/

美しいHARIさんとは19歳ぐらいの時に知り合った。最初知り合った頃は私は「夜通しで遊ぶ」なんてことも知らず自分だけ早く帰宅したことが一度あった。大晦日かなんかだったと思うが。そんな子供の私を嫌がらずにいつもよく付き合ってくれたのである。一人暮らしをはじめてもかなり近所に彼女を住んでいたのであの頃のオフというとほとんど彼女の仕事場かなんかに居たような気がする。
前と同じように私の話を静かに聴いてくれてやさしく答えてくれる様子、時々JINMOに眼差しを向ける様子も覚えていた通りのまま。

JINMOは大阪から現れていつの間にか関東に住んでいた。今回一番感じたのは彼から期待していたあの心地よいアクセントをほとんど聞かなかったこと。いやご本人が私だけにそうしているのか、既にあれが普通になってしまったのかわからないが。ほとんど、ささやくようなソフトな口調はそのままである。彼がギター講義中にお邪魔したのだが余りにソフトなささやきに、なぜか自分の呼吸の音のほうが聞こえるような気がして申し訳ないような気になったりした。
その後、ギターを降ろす前にパガニーニカプリースの9番(リストのパガニーニエチュードの5番La Chasseの元ね。)などを弾いて喜ばせてくれたりするあたりもうれしい。

そしてその彼が私の買い物袋や荷物を当たり前のように私の手から受け取るあたり、痒い所に手が届くというか、米国で甘やかされた私にとってもやはり密かにその洗練されたさりげなさに感謝せずには居られない。お2人によると、外出、旅のときはそれがお決まりで一度とんでもない量の買い物をロンドンでした時も袋が破れそうになるほどの荷物を彼が一人で持って歩かれたとか。

それよりも自分でやったら一ヶ月かかるiPodへの音楽ファイルダウンロードを全てやっていただいた。アップルにしては珍しく、こともあろうに不良品ながら取り替えてもらった後、またその作業を繰り返してくれた。帰国すると関係サイトを羅列したメールが。
彼の曲のファイルから、モーターヘッド、果てはグールドの平均率全集も全て入っている。帰りの飛行機ではエアロやJINMO、超絶技巧ギター系の曲などに混じってパールマンのパガニーニなどを楽しみながら帰ってきた。

いや、HARIさんのコーヒーを頂いたり、来日中孤独で食事をすることがなかったのも彼らのお陰である。感謝感謝。(実の妹よりも温かかった2人。)
あんなわずかなお土産しかお持ちしないで申し訳ないような気がする。

今回はお2人と夜遊びする暇はなんとなくなかったが、次回は是非。
ベルリンでもアムスでもパリでもとんでいきますよ。それに我が家にも是非。自宅の男たちも喜ぶと思う。主人は今でもHARIさんのステージ写真をアルバムに入れてあって、友人が来るたびに見せているのである。JINMOの古いのはほとんど全部HARIさんにあげたから私は今はもって無いけど。

今まで紹介する機会がなかったが来日中にJINMOの日記になんと私も登場しているので興味のある方はそちらもどうぞ。(HARIさん撮影JINMOとの仲良しツーショットもあり。)
http://www2.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=134448&log=200410

いつもの毒気の在るポストはどこへ?
限りなく甘ったるい表現の今日のポスト。

"Sleeping Beauty" summary, by CGS

後日談:11/3
眠り姫シリーズ。
第二巻。「お仕置き」のパターンが同じで間延び、とかいいつつ一番最後の章をよく読んで居なかったらしい。
で、下に書いたサマリーに誤りがあることが判明。

ピアス-下にはなしと書いたが、第二巻最終章でビューテイとトリスタンの耳にやはりピアスが施されました。(あると思ったんだよね。)

この最終章、まるで前後に関係なく付け足されたようなシーンなのだがそれだけ読むととてもエキゾな章だった。そしてサマリーに付け足すべきプレーも。

食べ物によるプレー-あり。この章で蜂蜜と果物・・・果物はお決まりの葡萄、メロン、ピーチ、ベリーの類。欧米にはこれらの果物を「アフロデイジアック≫媚薬」として使用する文化が多分エジプト文化時代からあるので、この部分も日本人から見ると適当のような果実の選択にちゃんと意味があることを理解してもらいたい。
それから欧米では同じく果物だけでなく、蜂蜜、クリームのみというのもあります。(つまりホイップクリーム。特に米国ではスプレー缶形式のホイップクリームやチョコレートクリーム、チーズなどが、だいたいどんな家庭にもあるので手軽なのです。-笑)
だから、文化としてもこの項目はどこかに入れないといけない。(で、あとで付け足したんだろうか、まるっきり二巻全体とも三巻の導入としても意味が無い。けど面白い。実際正直言ってコレは思いつかなかった。)

ますます、眠り姫はトリスタンの所にお嫁に行って欲しかった気がする。
というわけで、ここまでが11/3追加のサマリーです。


アン・ライスの眠り姫(そう、英語では「スリーピング・ビューテイ」と言います。)

エロ本、読み物としての感想は既に書いたとおりだが客観的にどのような内容か、簡単にまとめてみた。

会話---長くて多い。エロ本としての興奮度は低い。ただしローレンが支配する時の命令は例外。
登場人物---不必要に多い。
人物の構築---トリスタンとローレンのみ。主役のビューテイはほとんど皆無。

卑猥言葉(いわゆる米国で4文字言葉とされる通常会話で使ってはいけないとされる単語)
---皆無。で、それが余計淫靡。ただ、男性自身をさすC言葉と呪い言葉のD言葉はあり。本の中でC言葉は男性同士では使っていた。
現在ではそういう風潮なのか?男は男性だけのとき4文字言葉を使用しても女性の前では使用しないルールの人も結構多いのでそのルールに従って書かれていると考えることも出来る。対である女性を現すC言葉のほうは一度も使用されていない。

行為におけるセクシュアリテイのヴァリエーション----全てあり、ヘテロ、バイ、ホモセクシュアル。ところが登場人物全てバイセクシュアル。ビューテイも例外にあらず。まるでおまけのようにビューテイのレズビアン行為あり。男はもっと「女同士の」が見たいはず。
何時、彼女は他の女性を開発教育するほどプロになったのかさっぱりわからない。未だにわからない。それが不満の一つ。
トリスタンやローレン、特に最初はヘテロだったようなローレンがなぜにトリスタンやレクシウス、ジェラードにアレだけ積極的になってしまうのもさっぱり理解できず。いきなり男女選り取りの中でビューテイと行為に及んだトリスタンもなんとなくホモセクシュアルのようでありながらビューテイとはまるっきり問題なく楽しんでいたし???が飛び交いまくり。それどころかトリスタンが「1回じゃなく6回ぐらい出来たかも。そうするべきだった。」(!)という台詞さえ言っている。相手が美人なら男女性別はどうでもいいというなら別だが。

グループ---あり。3人から多人数の乱交まで。でもそれがあたりまえなので興奮度はゼロ。
覗き---厳密にはなし。でも他人の行為を見る描写あり。興奮度低い。
おおー今思い出した。トリスタンのご主人は彼を愛するあまり彼を愛し合った後、彼がビューテイに会いたいという希望をかなえてあげるのだが、自分のベッドチェンバーを貸しながら2ウエイミラーで覗いていたのだ。(ジェラシーなし。ジェネラスなご主人)でもそれで「彼は何をしていた」とは書いてないのでなぜにそんな文章があるのかさっぱりわからない。そうだ、よく考えれば、トリスタンはここでもビューテイと積極的に数回・・・
レイプ---あり。ビューテイ以外はすべてホモセクシュアルのレイプ。でもほとんど抵抗なしなので興奮度低い。
SM---あり。本の主題。
鞭打ち---あり。素手、鞭、皮ひも、パドル、皮ストラップ・ベルト...あくまで流血はなし。
やけど、流血、窒息などのミューティレイション---なし。
獣姦---なし。でもそれに限りなく近いのは奴隷が馬の代わりに使われること。
束縛---あり。でもヴァラエテイに限りあり。ロープ縛りはほとんどなし。皮ひもで手首や足をしばられる程度。ただ男たちが馬になるところは本のなかで一番面白い。興奮度満点馬具あり。クランピングは男女ともにあり。
排泄行為---なし。女性の生理、妊娠出産などもなし
入浴---自分ではほとんどなし。(ああ、一回だけ描写がある)他人に洗われる、マッサージされる、手入れされるのはあり。
マスターベイション---自分によるものはほとんど無し。作者がカトリックだからか??ビューテイが行為中に相手に摩擦するのはマスターベイションとは言えないと判断するなら皆無。
他人によるものはあり。双方によるものもあり。でも、米国ではコレはセックスに数えるんだよね。
体位のヴァリエーション---普通の行為が少ないのであまりなし。
描写のなかで唯一、自分でよく頭のなかで想像できなかったのはトリスタンとビューテイの立位。2人とも後ろ手に縛られていて周りに他の奴隷と移動中のバランスのとりにくい荷車立っている状態。自分の経験研究不足を恥じ入りながら、トリスタンがいかにしてビューテイを支えたのかマッタク謎。
オーラル---あり。読んでるだけであごと首が疲れるほど。特に男同士の。でも新しいテクニックの発明開発説明はなし。女医姉妹バーマンのテレビ番組ほうが詳細に解説していた。 そうです。米国のお茶の間では女性のために女医が詳しく説明してくれて、参加カップルはそれで2週間実験。効果があるかどうか男女とも報告するのです。
浣腸---あり。でも描写はあくまでも控えめでグロはなし。
割礼行為---なし。でも、最近問題になった女性の「切除」についての説明あり。
フィストフ○○○---あり。でも、描写は控えめ。ローレンはまるで抵抗無し。(!)ビューテイはちゃんと見逃さなかった。
異物挿入---あり。張型。でも真鍮のボールと短刀の柄もあり。されるのは90%男。
ピアスとタトゥ---なし。ビューテイにイヤリングつけたけど、ピアスとは書いていない。レクシウスはピアスを耳にしているみたいだけどそれだけ。プリンスや他の登場人物にピアスなし。刺青なし。
(刺青とピアスはこちらではフェチの一つです。うちは主人が乳首にピアスをするといっている。「乳首とは言わずにもっと痛む場所があるでしょう?」「・・・」コレは賭けしようと密かに思っている。こういう痛みに女は、特に出産経験者は強い。刺青師はいつも「男は小さい刺青で失神することが在るけど、女性で失神する人はいない」とよく言う。)
くすぐり---あり。私はどうでもいいと思いましたが一応一章割かれているので。
意図的な誘惑---これがほとんどなし。というか不満の原因の二つ目。SM行為でも支配者も服従者も「誘惑の芸術」はエロスの基本でしょう。 それが無いから、なんとなく動物的。競走馬の交配のドキュメンタリーを科学チャンネルで見ているみたい。(そういうのもお茶の間で見ます。)話題にもどって
トリスタンとローレンもお互い惹かれあうなら、2人きりになった所でちょっとどちらかが誘惑とか。全然なし。ローレンが一方的にキスするだけ。自分が誘惑に負けただけでトリスタンを誘惑しているとは言えない。トリスタンに恋してしまうニコラスも特に誘惑はなし。奴隷であるトリスタンを混乱させるほどの芸術は皆無。
わずかにレクシウスが二回目にローレンと2人きりになったところで「お手柔らかに」と頼むところは支配するつもりのローレンの膝をがくがくにするほど色っぽくは無いし。ローレンはわずかに「もちろん。僕がそうしたいと思えばね。」台詞はそれでいいけど実はがくがく、って言うのが無い。終わってからは完全に自分の物、って言う心理は説明されているけど彼のレクシウスに対する誘惑もない。
その後、ローレンはトリスタンも連れてこさせ3人になるのにスケベさも緊張感もほとんど無し。
ビューテイには求婚者の王子を「物色」するシーンがあるのにまるで「誘惑の技術」なし。若いからしょうがないけど。ローレンはやれば出来そうなのに、もっと読むほうがそそられるほどにビューテイを誘惑してくれないと。特に最後で2人が幸せになることはわかってるんだから、ビューテイをじらすとか。(いや、彼は早く自分のベッドチェンバーにビューテイをつれて帰りたかったから急いでいた。と説明がしてある。もったいない。)
嫉妬---そうそう、これも皆無。みなジェラスじゃなくてジェネラス。仲良く分け合ってます。(爆)だから、どうせならビューテイとローレンとトリスタン(と奴隷になったレクシウス)というのが見られなかったのは残念。特にビューテイはローレンがトリスタンとレクシウスを支配する所を目撃しているだけ。(もったいない!!!話として?それともビューテイが頭空っぽ?いくら彼女がブロンドだからってここでケチってブロンドジョークはないでしょう?)それで、トリスタンとレクシウスに嫉妬や羨ましさを感じるわけでもないし、そこでビューテイを選ばないローレンに歯がゆさを感じたりもしない。ローレンはあとでビューテイを2人きりのとき、というのがあるからいいけど。こういう心理をジェラスでもエンヴィーでもジェネラスでもいいからちゃんと描写してくれるだけで、あとでビューテイがローレンが求婚に来たときにドラマが描けるではないの・・・
ところが、それが無いから振り返ってローレンがいるのをみてそのまま「ローレン!」と単純に喜んでしまうとは。
自分の代わりにトリスタン、レクシウスをシバいたローレンをシバくとか。それこそここでビッチスラップを使って欲しいのよ~!ブロンドのビューテイにはぴったり。頭のよさそうで結構複雑なローレンが何ヶ月ビューテイで満足できるかどうか、非常に疑問です。(後で、私が替わってあげるわよ。ビューテイ。)

トリスタンが二人のもとに開放されて帰国する途中に二人を訪問するといいとおもいます。

というわけです。


本のデータ
Anne Rice writeing as A.N. Roquelaure
Sleeping beauty novels

"The claiming of Sleeping Beauty" I ISBN0-452-28142-3
"Beauty's Punishment" II ISBN 0-452-28143-1
"Beauty's Release" III ISBN 0-452--28145-8

A PLUME BOOK

三冊セット ISBN0-452-15661-0